2011年09月30日

良い批評が、物事を良くする

批評と非難は違います。批評は、前向きです。良いものを作りたいから、そのために悪いところを指摘する、それが批評です。非難は後ろ向きです。とにかく悪そうなところを指摘する。良いものを作りたいからではなく、相手をやっつけたいから、悪いところを指摘するのです
批評と非難は、「悪い部分を指摘する」という点は同じですが、根底にある目指すものの違いがあります。「良いものを作りたいから、悪い部分を指摘するのか」、「相手をやっつけたいから、悪い分を指摘するのか」。
相手をやっつけることによって、自分のポジションが引き立つということは、よくあります。だから、相手を非難するというテクニックは、処世術として必要なモノです。私も無自覚で、やってきた部分もたくさんあると思います。
非難は何も創造しませんし、時には感情的な対立を生み、物事は悪い方に動いてしまいます。批評は、「良いものを作りたい」という想いがあるから、ぶつかり合いがあっても、間違いなく、最終的には良い方向に流れます。
悪いところを指摘することは大事です。悪い分を認識することが、改善の第一歩です。ただし、悪いところを指摘する目的の違いによって、結果は雲泥の差となります。
政治は、良い社会を作るために仕事をするのですが、ポジションを取らないと権限をもって仕事ができないため、ポジションを取る、つまり選挙に勝つことも大事になってきます。良い社会を作るために、選挙に勝とうとするのですが、どうしても「選挙に勝つ」ことが目先の目的になってしまいます。
選挙に勝つために、自分のポジションを引き立てることは大事です。そうすると、自ずと競争相手をやっつけることが目的となります。どの政治家も良い社会を作るために仕事をしているのですが、そのような背景があるので、良い社会を作るための批評にはならず、相手をやっつけるための非難になる傾向にあります。これは構造です。
この構造を意図せずして強固にしてしまうのが、マスコミや評論家です。マスコミも評論家も、悪いところを指摘することが自らの価値です。もちろん、良い社会を作るための指摘なのですが、政治と同様、自らのポジションを引き立てるため、「悪いところを指摘する」ことが目先の目的になりがちです。
したがって、政治における非難合戦にのっかってしまいがちです。全員が良い社会を作るためと思っているのですが、批評にならず、非難になってしまう。非難は相手をやっつけることが目的ですから、物事が進展しません。
東北の復興も、福島の原発問題も、全員が「何とかしたい」と思っていて、その想いの中で批評をすれば良い方向に進むのですが、構造上、どうしても非難の会議になってしまう。これは、自民党でも、民主党でも、同じ構造です。
これをどうやって乗り切るか。少なくとも、私自身が、非難に陥らないように、つまり、批評を心がけるように努力をしなくてはいけません。
posted by 秋山ひろやす at 12:10| エッセイ | 更新情報をチェックする

2011年09月15日

池上彰のすごさ

テレビ番組のニュース解説で圧倒的な人気を誇る池上彰さん。彼の特集が、かなり前ですが、去年の今頃のアエラにありました。

ひとつのエピソードが紹介されています。視聴率を上げるための会議で、取材対象が軟派傾向になりそうになったときに、池上さんはイラン大統領選を提案。テレビの制作サイドは、それでは視聴率が取れないと反対したが、池上さんの提案に従ってみたところ、視聴率はグッとアップ。

池上さんいわく、
「難しいことには関心がない、お笑いや大食いの方が視聴率が上がるという思い込みの方が間違いだったんですね。難しい問題もおもしろく、わかりやすく伝えれば関心が高い。これまでは伝える側の努力が足りなかったんじゃないでしょうか」

このコメント、心の底から同意します。
政治や行政への一般的な関心の低さは、政治や行政の伝え手の努力が足りなかった結果かもしれません。よくわからないから関心が薄れてしまう、でも、心の底では「知りたい」願望があり、知ると関心は自動的に高まって、少しは状況は変わったかもしれません。

我々政治家は、伝え方で大きな問題を抱えているという自覚を持つべきだと思います。
伝え方が下手なのは、技術の問題というより、本質的な理解ができていないからかもしれません。池上さんいわく、「わかりやすく伝えることは、世の中の難しいことを理解するからできる」。

世の中の現実は相当複雑ですし、一つ一つの制度や法律の体系も複雑、何かを短い時間で過不足なく説明することは、本当に難しい。だから、ワンフレーズポリティックスが脚光を浴びるのかもしれませんし、政治家としてマーケティング的には正しい戦術かもしれません。しかし、ワンフレーズポリティックスの競い合いでは、政策は変わりません。

我々政治家は、難しいことをどうやってわかりやすく説明するか、そして市民の知りたい好奇心を刺激し、社会や政治に対する関心を上げることができるか、こういった部分の仕事も担っていると思います。
そういった意味では、池上さんの伝える力は、大きく学ばなければなりません。

池上さんの伝える力の裏側には、相当の勉強量があると言われています。私も、相当勉強しなければいけないと反省しています。
ちなみに、優秀な官僚は、伝える力は持っているけれど、あえてわかりにくく説明して、煙に巻くという説もありますが、どうなんでしょうか。
posted by 秋山ひろやす at 22:53| エッセイ | 更新情報をチェックする

2011年07月27日

河村改革の良いところ、悪いところ

先々週の週刊ダイヤモンドの第2特集が名古屋市の河村革命です。その中で、元副市長の大西聡さんのインタビューがあります。元トヨタ営業マンで、民間から引き抜かれたようですが、「元」とあるので、最近辞めてしまったようです。

そのインタビュー内容で、非常に共感を覚える部分があります。

・行革をするために、市役所に入った

・行革の柱は、組織の簡素化、仕事のやり方の見直し、処遇の改革(人事考課制度を作りなおす)の三つ

私も、行革の柱は、この三つだと思います。行革の目的は、業務改善、コスト削減、そして結果としての生産性向上なのですが、そのためには、その三つが絶対に必要です。

例えば、表面的なコスト削減は、一時的で継続しません。コスト削減は、担当課(担当者)が自らの業務を省みて、無駄を自覚し、それを自発的に削っていく体制にならなければ、継続しません。

事業を廃止するような、外科手術的な大きなコスト削減と、業務改善による内科処置的で継続的なコスト削減の両面が必要です。組織体質として大事な部分は、後者の方です。

そのためには、仕事のやり方の見直しが必要ですが、それが自発的に起こるようにするには、組織の簡素化、処遇の改革が必要です。小さい組織で、それぞれが権限と責任をもって動くことが、組織の簡素化です。組織目標が実行されれば評価され、実行されなければ評価されないという、当たり前で透明性の高い人事考課が処遇の改革です。

こういった組織設計が機能するようになって、自発的な「仕事のやり方の見直し」が、各部署でどんどん生まれてくるのです。
大西さんは、おそらく、これを言いたかったのだと思います。

短いインタビューですが、河村改革の行革は、まだ表面的な行革だと言っているような気がします。人件費の一律カットは、確かに行政コストを削減させましたが、行革に必要な処遇の本質的な改革には手をつけておらず、一時的なコストカットに終わっていると言っているような気がします。

また、組織の再編や簡素化は全く進まず、逆に副局長ポストの新設は逆行だと言います。

定年近くまで昇給する、年功序列が強い待遇制度、また公平・順繰りの人事考課の見直しも進んでいないと言います。

ただし、圧倒的な人気を持つ河村市長でなければ、行革は進まないとも言います。河村市長がその方向性を認識し、若干のプレーンスタッフと一緒に強く推し進めれば、できるはずだと期待もしています。

私自身も、まだ行革の本質には手をつけられてはいません。が、本質の場所はわかっているつもりですし、進め方もイメージは持っています。本質に手をつけるということは、長い時間の蓄積で成立した組織文化を変えるようなものです。大変な作業ですが、この仕事をさせていただく以上、しっかり取り組んでいきたいと思います。

posted by 秋山ひろやす at 12:16| 組織運営 | 更新情報をチェックする

みのもんたさんの番組

放送されるかどうか、わからないのですが、今日、みのもんたさんの朝の番組の取材が1時間強ありました。
内容は、放射線対策に関する内容と、香山リカさんのエッセイ引用の件です。

先に、後者の方を先に書くと、私の文章を通して、一部の方が「あなたがは引きこもりだと言われている」と理解しているようですと、教えてくれました。その点は、完全に誤解ですが、お気持ちを害した方には、お詫びしなければなりません。

そして、取材のほとんどが前者で、内容は「安全と安心」に関するものです。
取材のテーマが、「安心のために、もっと市が動いた方が良いのではないか」ということだったと思います。

私のお伝えしたことは、
放射線の件は、わかりにくいので、なんとなくの不安がどんどん膨張していしまう
したがって、不安をできる限り客観視して、不安の膨張をおさえることが大事
国、市、専門家、マスコミは、客観視できるような情報を、たくさん、繰り返し伝えていく
ということでした。

その中で、市の動きが弱いと言われれば、確かに、その通りかもしれません。
柏市のホームページに詳細がありますし、今後も追加的にアップされると思いますが、食材測定の継続、積算線量計による実体の把握、ピンポイントに高い箇所の対応など、少しでも安心感につながる部分を行っていきます。

posted by 秋山ひろやす at 12:08| エッセイ | 更新情報をチェックする

2011年07月22日

生活保護制度

昨日の朝日新聞15面は、生活保護制度に関する3人の意見がのっていました。そのうちの一人が、人口あたりの生活保護受給者数が最も多い、大阪市の平松市長です。

平松市長は、11年3月時点で、65歳未満の働ける人がいる世帯が21%にもなっていると言います。不況の結果、失業。そして、失業がそのまま生活保護に繋がっていると言います。
また、不正受給や、医療費の不正(必要のない医療を受けさせ、病院が収入を得ること)もあると言います。

平松市長が提案しているのは、働ける人は働いてもらえるような仕組みを作るということです。就労のためのトレーニングを行うことによって、就労に近づけるはずだと言います。仕事をえり好みしなければ、トレーニングを通して、十分に仕事に対応できるようになるはずと言います。
もちろん、それでも就労が厳しい方がいます。そういった方は、しっかり社会で支えるべきとも付け加えています。
また、可能なモノは現金給付から現物給付にすべきとも言います。現金で自由に買うということは守られるべきだが、生活保護で供与される現金がギャンブルなどに使われる弊害にも対応しなければならず、ひとつの工夫として、現物給付という考え方もあるとしています。

生活保護の論点は、
1.働くことができる方を、出来る限り早く、働く状態に移行できるか
2.不正受給などの問題をどれだけ減らすことができるか
の二つに尽きます。もちろん、生活保護の水準や、家族親族関係の希薄化による親族扶助の劣化といった大きな問題もありますが、現行の制度の中での論点は、この二つに集約されると思います。

柏の場合は、平成22年度末で約3500人、柏全体でで0.8%となっていて、全国平均から見ると、低い方です。ただし、40%弱が65歳以上の高齢者、40%前後が障害・傷病者などで、就労が難しい層で全体の8割近くをしめます。
残りの20%が、働ける可能性の高い方ですが、就労に移行出来る方は多くない状態です。

国も就労支援には力を入れており、平成22年度は柏で就労支援プログラムが実施され、113名の生活保護受給者が対象になりました。そして、非正規を含めた就労が36%、その後生活保護から抜け出た方が15%という結果になっています。なかなか厳しい現実です。
平松市長が言うように、仕事自体はあります。ただ、そのマッチングがうまくいかない。技術不足、経験不足が問題であれば、トレーニングでカバーできるはず、それが平松市長の主張です。私もそう思いますが、受給者の個々の事情は幅広く、また仕事の向き不向きの要素も強く、トレーニングによってマッチング率がどこまで向上できるか、これも悩ましいです。
これから、間違いなく生活保護受給者は増え続けます。そして、現場は多様です。就労支援も、不正防止も、市町村単位で対応していますが、現場は増加する受給者対応で手一杯です。本質的には国の制度ですが、その運用は地方自治体です。運用から見た課題をしっかり整理して、国に問題点を提起することが我々の仕事ですが、一進一退です。
posted by 秋山ひろやす at 18:07| 行政の制度 | 更新情報をチェックする

2011年07月21日

みのもんたさん、その後

みのもんたさんの番組の内容が、複数の方のお話をつなげていくと、何となく見えてきました。とにかく「おもしろく」報道したいという、その一点で番組が構成されたようで、報道型エンターテイメント番組の宿命だと思います。 

通常の報道番組は、必ず裏を取る、つまり事実関係を取らなければなりません。なぜならば、一つの情報を頼った報道では、誤ってしまう可能性があるからです。だから、今回、私のブログの内容を報道しようと思ったので、私にも意見を聞こうとしたのだと思います。私は、焼却灰の対応で忙しいので、来週明けでお願いしますと伝えました。
先方は、今日の放送予定があったのでしょう。しかし、週明けに会うと言っているのですから、週間番組ですから、一週ずらして番組を放送すれば良いだけです。内容に緊急性はないでしょう。火曜日のアポがありましたが、結局、先方からはキャンセルということでした。木曜日の深夜1時に自宅で隠し撮りして、取材ができなかったはないでしょう。かなり一方的です。 

結局、裏を取らないまま、放送されました。みのもんたさんの番組は、報道ではなく、エンターテイメントですから仕方ないと思います。事実を報道するのではなく、「面白い番組」を作ることが使命だからです。「話題の地域の市長が面白いコメントをしている」という切り口で、背景を全く無視して、都合よくブログやツイッターの文章を切り抜いて、「変な市長がいて、おかしいでしょう」というメッセージを出す番組を作りたかった、おそらく、この一点だったと思います。 

担当ディレクターさんが、報道の公平性や真実性より、面白く作る方を優先してしまう気持もわかります。面白い番組の積み重ねが視聴率につながるからです。しかし、この非常時、特に放射能関連の取材ならば、「面白く作る」よりも、「視聴者が本当に知りたいことを、わかりやすく伝える」ことが報道の原点だと思います。もちろん、担当ディレクターさんが、「我々は報道でなく、エンターテイメントだ」と言われてしまえが、それまでですが。部数や視聴率を追わなければならない商業ベースの報道の難しい側面です。
posted by 秋山ひろやす at 18:04| エッセイ | 更新情報をチェックする

2011年07月16日

香山さんのエッセイに関して

ダイヤモンドオンラインの香山リカさんのエッセイを引用した、先週のブログを削除していますが、この件について、今日のTBSテレビのみのもんたさんの番組で取り上げられていると友人から聞きました。

私はその番組を見ていないので、友人のお話をベースに書きますが、間違っていたら申し訳ありません。まず、私が公務を理由に取材を断ったとなっていますが、取材の申し込みが、確か水曜日です。柏は、放射能汚染のある焼却灰問題を抱え、また同様の問題を抱えた近隣市の事務的な代表として、環境省とやり取りする立場でした。したがって、週明けでお願いしたいとしました。

「取材日程が番組放送まで間に合いませんでした」というなら正しいですが、「取材を断った」というというならば間違いです。番組にとって都合の良い日程は確かに断りましたが、わずか数日のズレです。報道側の日程にあわせて、予定を組むわけにはいきません。火曜日の取材予定は、もうキャンセルになってしまうのでしょうか?

それから、香山さんも意図がうまく伝わらかなったと書かれた文章を見つけたので、そのお話を引用した文章は、香山さんに迷惑をかけると思い、削除しました。

香山さんの文章の本質的なテーマは、「引きこもりの方の社会の接点」で、今回は原発報道という現実社会の接点で、引きこもりの方の大きなエネルギーを感じたという内容だと私は読みました。
引きこもりの方の潜在的な人数が増えていると推定される中で、香山さんの掲げた本質的なテーマは、社会全体の大きなテーマです。
引きこもりの方の知的好奇心などのエネルギーをどう社会と結びつけるか、これが香山さんの今回のエッセイのポイントであり、悩ましい心情だったと思います。

私も、その悩ましい心情がわかるという意味での引用でしたが、残念ながら、放射能報道に関するコメントとして取られてしまったようです。

posted by 秋山ひろやす at 14:26| エッセイ | 更新情報をチェックする

2011年07月14日

短期国債50兆円の保有が海外勢という事実

吉田繁治さんの有料メルマガは、マクロ経済の構造を、わかりやすく、かつ数字で解明します。その数字はどのような意味を持つか、長期的な視点で語るところに、大きな価値があります。7月13日号は国債危機がテーマです。非常に大切な内容です。
まず、カーメン・ラインハートとケネス・ロコブの『国家は破産する』を引用して、国家の財政破たんのパターンを描きます
  1. まず、資産価値が広範囲に、そして長期に続く。これが金融危機を引き起こす
  2. 金融危機は信用収縮、金融部門の付加価値減少を引き起こし、結果的に実体経済のパイ縮小に結びつく、そしてそれはそのまま失業率の上昇となる
  3. そして政府税収の落ち込み、景気対策による歳出拡大で、政府債務が一層膨らむ
日本の現状です。2011年は、170兆円の国債発行のようです。新発が44兆円、借り換えが124兆円。これに震災復興関連が加わります。
新発44兆円の買い手は、過去に郵貯簡保年金基金でしたが、今やその力はない。現在は、生保や銀行といった民間金融機関が主な買い手です。

さて、今年度の話です。実は、まだ新規の国債は発行されていません。赤字国債法案が国会で通っていないので、発行できないのです。したがって、税収と、財務省が発行する資金繰りのための「短期証券」で、やりくりを行っています。
法案が通った時に、今までの資金不足を解消するため、一気に新規国債を発行します。この一気に発行せざるを得ない状況が、引き受け不足、つまり、新規国債が消化できない状況に追い込むのではないかと、吉田氏は分析します。結果的に、大量の発行ができないので、様子を見ながらの、綱渡りの発行になるだろうと言います。

民間の会社の信用が落ちてくると、長期借入が、短期借入に変わり、会社は短い期間での借り換えに四苦八苦し、日々資金繰りと格闘する事態になります。

これと同じことが、国でも起き始めているのではないかと言います。

また、この状態に、復興原発関連の起債が起こります。数年間で40兆円以上と言われます。とても、民間金融機関で買える量ではないでしょう。
となると、日銀による直接買い付けをやらざるを得ないことになるかもしれないとします。

ここからが大事と吉田氏は言います。私も読んで、驚きました。

2008年のユーロ危機(ユーロの価値が下がる、ユーロ安)から、実は、1年以内の短期国債の、海外からの買いがじわじわと増えているとのことです。2011年の1月から5月にかけては、なんと50兆円も買っているとのこと。これは、円高を期待しての買いであると言います。つまり、利率でなく、為替差益。

したがって、短期国債は、いまやバブル状態。年0.16%。

しかし、流れが円安と認識された瞬間に、為替差益が望めないということで、今度は売りが猛烈に起こる。国債の先物の怒涛の売りがいつ始まるか。下がることが予想されている状況では、先物売りは利益を生みます。
財政破綻、つまり借りることができない、あるいは高い金利でなければ借りることができない状態は、じわじわではなく、債券市場で、ある日突然やってくると言います。

その時、買い手として日銀が動くしかなくなると言います。
今年の冬には、海外勢が売りをかけてくる可能性が高く、日銀が動かざるを得ない状況になるだろうと言います。そして、金利はどうなるのか。金利が少しでも上がれば、保有国債の評価損が起こります。保有金融機関への影響はどうなるのか。
そして、何よりも、政府が金利負担にどこまで耐えられるのか。

国債の売りは売りを呼び、金利は上がる可能性が高い。

この予測が、この2011年の冬に起これば、地方自治体だって、巻き込まれます。おそらく、地方債の発行枠が相当絞られる。金利負担だって、上がってくる。今までの財政運営を根本から見直す必要が出てきます。債券の先物市場は要確認です。
posted by 秋山ひろやす at 11:50| 政治的な考え方 | 更新情報をチェックする

2011年07月11日

安全と安心は違う

「安全」と「安心」は違うと言われます。
「安全」は、科学的な見地からの話で、様々な実験や、実験から得られた有力な仮説を踏まえた上での、「ここまでは大丈夫、これ以上は危険がある」という内容です。

一方で、「安心」は、その「安全」を受け入れた上でもたらされる意識、感情上のものです。科学の話は、普通の人には通常難し過ぎます。したがって、「科学」をしっかり理解するというよりは、「科学」を前提にした様々な規制やガイドラインがしっかり機能しているという信頼から、「安心」は成立します。
つまり、「科学によってしっかり検証されている、そしてそれに基づいてしっかり規制がされている」、このことに対する信頼があって、「安心」が生まれてくるのです。

現状の放射線に関する東葛地区の「不安」は二つに分けられます。
・科学的にも「安全」ではないから、当然「安心」もできない
・科学的に「安全」かどうかは難しくてよくわからないけれど、何となく、科学的に「安全」と言われても、ちょっと信頼できない。だから、「安心」できない

前者は、科学に対する見識をお持ちの方で、自らの考えでICRPや各学会の考え方は「違う」と判断し、ICRPの考え方に準拠して動いている政府や自治体の対応では、「安心」できないということだと思います。
また、後者は、普通の市民の方で、当然放射能に関する難しい話はよくわかりません。だから、専門家や政府の話を参照するのですが、その専門家や政府の話が本当かどうか、ニュースや雑誌を見る限り、はっきりと信頼できなくなってしまって、「安心」できなくなってしまっている状況だと思います。

前者の場合は、まさに科学論争なので、これはこれでしっかり議論されるべきだと思います。
問題は後者です。本来であれば、専門家や政府に対する信頼があって、「安心」は担保されるのですが、その信頼が揺らいでいて、結果、「安心」も揺らいでいます。ここは信頼を回復させるしかないのですが、一度揺らいだ信頼を取り戻すことは、大変な作業です。

信頼がなくなれば、何を信じて良いのかわからず、底なしの不安に陥る可能性があります。そうなると、とにかく100%の安全が欲しいという、純粋な気持ちになるのも当然です。
私は、当初はこの「安全」を説明することに主眼を置いていましたが、専門家や政府への信頼が揺らいでいる以上は、「安全」の説明より、「安心」に寄りそうことが大事であるということを痛感しています。どういった形で寄りそうべきなのか、まだまだ検討が必要ですが、今後一つ一つ打ち手を行っていきたいと思います。
posted by 秋山ひろやす at 13:28| エッセイ | 更新情報をチェックする

2011年07月08日

国で議論すべきこと、メディアが報道すべきこと

大きな政策は、議論したって、すぐには結論は出ない。でも、議論をして、論点を明確にしていかなければ、いつまでたっても進まない。日本が、今、この状態だ

そして、大きな政策の議論は難しく、つまらない。でも、メディアは報道しなければならない。なぜなら、それが「皆の問題」、つまり「社会の問題」だからだ。しかし、つまらない報道は売れない、視聴率が上がらない。あとは、報道側の哲学の問題だ。商売としてのメディアの側面と、より良き社会を作るための媒体としての側面という2つの側面に関する、バランスの哲学だ。

福島原発事故を通して、今議論すべき大きな政策は、「エネルギー政策」だ。国会議員にとっては、今や「社会保障と税制」に並んで、絶対に持論を持たなければならない領域だ。党の考えではなく、持論だ。少なくとも、2期以上の先生には頑張ってもらいたい。

エネルギー政策の根本が定まらなければ、東電の処理方法も決まらないし、原発の当面の運営方針も決まらない。基本的には、今までのエネルギー秩序を改善した上で継続していくのか、それとも大きな方針転換を行うのか、これが最初の問いだ。

世論は「原発は不安。でも、電気代が上がるのは嫌。それに、この節電モードが継続することの影響が心配」ということ。この世論を踏まえて、論点を整理していく。そして、論点を、理屈で議論していく。これを、今やらなければならない。特急で。
原発対応チームも短期的には大事だが、中期的にはこのエネルギー対応チームが大事。このチームが、自民党でも民主党でも、立ち上がっていかないと、実は何も進まない。最悪だ。自民党の河野太郎さんが一人頑張っているが、チームになっていない。彼の問題なのか、自民党の問題なのか。民主党は全く見えない。

メディアも踏ん張らないといけない。菅首相と、海江田大臣の意思疎通のまずさや、その背景の問題、そしてその影響を報道するには、確かに必要だ。確かに、手続きやマネジメントも大事だから、その稚拙さを嘆くことも必要だ。でも、その背景にはもっと大きな問題がある。
「エネルギー政策」に関して、国の意思決定構造の中で、何が起こっているのか。そして、何がどうなって、今、エネルギーに関する施策が発表されているのか。

この辺は、「売れない」内容かもしれない。でも、極めて大事な内容だ。エネルギー政策で、どのような力学が働いて、政策決定されているのか。その政策決定において、「まともな議論」がしっかりされて、その上で決定されているのか。この辺を取材し、整理し、世に問うという哲学も持つメディアはいないのか。

そして、我々は、そのような「まとまなことをやる」国会議員や、メディアを支えていかなくては、彼らは犬死にしてしまう
posted by 秋山ひろやす at 09:54| エッセイ | 更新情報をチェックする

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