2011年01月24日

GT-R開発者が語る「仕事とは?」

日産GT-Rの開発者、水野和敏さんのインタビューの内容が胸に刺さります。GT-Rの話よりも、「どう仕事に挑むか」、「リーダーとして、何を心掛けるか」という話が中心です。長いインタビューなのですが、読み物としても楽しいです。

http://business.nikkeibp.co.jp/article/life/20110105/217812/

 

二回に分けて感想をアップしますが、まずは「どう仕事に挑むか」。


仕事というのは、お客さんのために尽くして尽くしまくって、お客さんの喜んだ表情を見るために行うものと言い切ります。だから、仕事は楽しんでやるというのはあり得ないとも言い切ります。お客さんの喜んだ顔を想像して、仕事を楽しむ瞬間はあっても、仕事をやっている間は「苦しい、辛い」しかない。「苦しく、辛くなるほど」仕事に打ち込んで、お客さんに尽くす、そして喜んでもらえる、これが仕事の本質だと言います。

 

「これをやったら、できたらお客さんは喜んでもらえるだろう」と思うときのワクワク感こそが仕事の本質で、これがあるから、辛い仕事に向き合えるし、辛くなるほどやるから良い仕事ができるはず。すべてはお客さん起点で、自分が仕事を楽しむという概念はあり得ず、最近の「仕事を楽しもう」というのはよくわからないと言います。

 

尽くして尽くしまくって、だから辛くて苦しくなるけれど、尽くした先にお客さんの喜びがあると思うと、苦しさも乗り越えられる、そう、苦しみとトキメキは一緒が大事。苦しみだけではダメ。お客さんの喜びを感じられるような仕事環境でないとダメ。喜んだお客さんが見えない状況で仕事をやっても、苦しいだけで続かないと言います。大きな会社は機能が分断されて、お客さんがどんどん遠くなる部署が多いが、それはダメだと言います。

 

少し職人気質の仕事論ですが、「自分の納得」のために仕事をする典型的な職人気質ではなく、あくまでも「お客さん」のために仕事をするという理念が徹底しています。「お客さんがどうすれば喜ぶか」を徹底的に想像することがすべてと言っているのだと思います。そして、それに少しでも近づけるように最大の努力をするということだと思います。

 

民間の仕事の場合は、完全にその通りだと思います。行政の場合はどうか。市民に尽くす、市民の喜んだ顔を想像してワクワクするということは同じです。しかし、GT-Rの仕事と違うのは、GT-Rのお客さんは限られた方、ある程度嗜好や経済状況が一緒の人で、その限られた人だけに尽くす仕事なのです。行政は、原則市民全員がお客さんで、嗜好も経済状況も価値観もバラバラのお客さんを相手に仕事をしなければなりません。ここが行政の仕事の難しいところかもしれません。当たり前なのですが、この1年はそれを痛感する年でもありました。

 

「市民がどうすれば喜ぶか、幸せになれるか」を徹底的に想像、分析することがすべてなのですが、市民のバリエーションが広すぎて、民間のようなターゲティングアプローチにも限界があるような気がします。いずれにせよ、本質は同じです。お客さん起点、つまり市民起点で、「尽くす」仕事スタイルは突き通したいです。

posted by 秋山ひろやす at 00:25| Comment(0) | TrackBack(0) | エッセイ | 更新情報をチェックする

2011年01月21日

葬儀ビジネスと、行政サービス

おそらく柏(方面)にお住まいと思われる、双日総研の吉崎さんのブログは、毎日チェックしています。柏にお住まいだからというよりは、市長に就任する前からずっとチェックしている、大事な情報源です。

その1月20日のブログには、葬儀ビジネスの旧来の収益構造が崩壊していくだろうという話です。その理由がいろいろ考えさせるものです。今までは葬儀の発注経験が人生1〜2回限りという消費者の理解不足に乗じて、業者都合のパッケージ、つまり業者有利の収益構造で葬儀ビジネスが行われてきました。しかし、これからは、リクルートみたいな企業が参入して、業者都合のパッケージが白日のもとに晒されて、昔みたいな収益構造を維持することは困難になるだろうし、現在その流れにあるとのことです。消費者のニーズをしっかり受け止めて、新しいパッケージを作らないと、今までのような収益を確保することは難しくなるだろうとのことです。

似たようなことが、過去に結婚式の市場で起こったと指摘しています。葬式は死亡者の増加で、数量は増えていることは間違いありませんし、数少ない有望市場ということで、参入が増えています。柏でも、この1年で駅前に二つも葬儀場ができました。しかし、吉崎さんの指摘通り、情報化の波、つまり、消費者が購入初めてでも「比較検討」がしっかりできて、ある程度合理的な選択ができるという事態になると、消費者の理解不足に乗じた超過収益を取ることは難しくなります。

実は、この話、ある側面では、行政にもあてはまるのかなと感じました。税金は自動的に徴収されるし、行政サービスの受益も非常に細かく幅広いということで、市民は「行政のことは、よくわからない」、つまり「税金と、実現される社会制度」のバランスがよくわからないということだと思います。
「葬儀サービスと価格のバランスがよくわからないから、葬儀業者の言いなりになる」と似ていて、「行政サービスと税金のバランスがよくわからないから、政治家に丸投げする、行政の言うことをそのまま受け入れる」ということになるのかなと思います。

でも仕方ないと思います。行政サービスは、葬儀サービスと比べたら、とてつもなく複雑で、一つ一つの事業は理解できても、それを束ねた行政サービス全体はとても理解できません。だから、「丸投げ」「そのまま受け入れる」ことになるのも仕方ないと思います。

しかし、葬儀ビジネスでこれから起きようとしていることが、行政にも起こったら、どうでしょうか。
消費者が葬儀の仕組みを理解して、比較検討できるようになると、葬儀会社のイノベーションが起こり、サービスは良く、価格は安くということが生まれ、消費者の満足度も高まります。市民が行政の仕組みを理解して、例えば各市町村の行政サービスを比較検討できるようになると、市町村のイノベーションが起こり、サービスが改善され、結果的に市民の満足度が高まる、、、どうでしょうか。

行政の仕組みを理解することは大変です。単純に、保育料、下水道料金、グラウンド使用料など比較しても、あまり意味がありません。どういう切り口で、仕組みを理解するのか、それも意外と難しい話です。でも、行政のイノベーション、もっと簡単にいえば、行政サービスの改善には、市民の比較検討を通した「厳しい目」が有効だと思います。単に「要求する」ことではなく、「他はこうやっているのに、どうしてうちの市はできないのか」のような、理屈が通る「厳しい目」です。

そのような行政の仕組みの理解のネタを提供するのは、誰の仕事でしょうか。政治家?、学者?、マスコミ?、市民団体? 中心は学者だと思います。制度論の分析や、難しく地方自治体の問題を語ることを越えて、複雑な行政の仕組みを解きほぐして、市民の理解を助けるアウトプットをどんどん出してもらいたいと思います。私自身も、チャレンジをしていきます。

posted by 秋山ひろやす at 11:02| Comment(0) | TrackBack(0) | 政治的な考え方 | 更新情報をチェックする

2011年01月19日

市民参画

よく「市民参画」という言葉が使われます。行政の様々な意思決定や活動に、市民が積極的に関与していくことです。今までの行政の意思決定が時にズサンであったり、運営が画一的であったり、または非効率であったりと、行政の仕事に対する低い信頼感と、選挙で市長を選ぶものの、その市長に行政運営を任せているだけでは、街はうまく回らないという問題意識が根底です。

また、学術的には、市民が行政、つまり公共作りに関与することによって、行政サービスの一方的な受益者という側面から一歩進み、行政サービスを受益しつつ、一方で公に貢献するという相互性の意識を高めることができるとも言われています。わかりやすい例は、 PTAなどの学校作りに参加することを通して、 小学校の運営は学校の仕事と一方的に任せることから一歩進み、学校と一緒に子どもの教育環境を作っていくという意識が盛り上がってくるということです。

しかし、この「市民参画」、なかなか広がらない。もちろん、既にライフワークとして公共作りに関与してもらっている、あるいは、できるところから関与してもらっている柏市民の方もたくさんいらっしゃいます。でも、40万人という人口から比べると、まだ小さいか、そんな状況です。

広がらない理由、その1は行政側。意思決定や運営に市民が大きく関与すると、「大変になる」という、条件反射的な恐れ。二つの意味があります。市民の皆さんは同じ意見を持っているわけではないので、市民の皆さんが議論をすればするほど、結論に至らなくなる可能性があります。時に感情的になり、どんな結論が出ても、感情的なシコリが残ってしまう、何ともやるせない結果になることの恐れです。議論を通して、納得に至ることが理想なのですが、現実は難しかったりします。

もう一つは、議論をするというより、「自分の意見が絶対」とか、「とにかく行政批判」という一方的な市民の方の登場に対する恐れ。このような方が議論に入ると、もう収拾がつきません。「そんな人いるんですか?」という質問もあるかもしれませんが、います、断言します。数は少ないですが、登場するとどうにもなりません。行政に対する不満も理解可能ですが、独善的になってしまうと、周りを巻き込むことはできず、物事は動きません。

広がらない理由、その2は市民側。やっぱり「市民参画」は市民にとっては面倒。好きなこと言うだけだったら簡単だけれど、複雑な内容を理解して、いろいろな立場を理解しながら議論をしたり、活動したりするのは大変です。毎日いろいろ忙しい。できることならば、行政側が仕事を一生懸命にやって、良い社会を作ってもらいたい、だって、それが仕事でしょ!、という声も聞こえます。その気持ち、確かによくわかります。

こう考えると、なかなか「市民参画」は広がらず、行政お得意の「絵に描いた餅」状態になりがちですが、私は、何とか広げたいと思っています。「市民参画」が広がれば、もっと行政の質は上がりますし、市民の皆さんの街づくりへの納得感もあがると思います。ゆっくりでも小さくても、ひとつずつ積み上げたいと思っています。まずは行政側から改めたり、工夫をしたりする必要があります。そこ試みが、来年度のテーマのひとつです。
posted by 秋山ひろやす at 23:28| Comment(1) | TrackBack(0) | 政治的な考え方 | 更新情報をチェックする

2011年01月18日

由紀さおり コンサート

市内の幼稚園で、歌手の由紀さおりさんの童謡コンサートが行われ、出席させていただきました。単なる、歌唱コンサートではありません。由紀さんの童謡に対する想いのつまったコンサートで、お話と優しい歌声を取り交ぜたコンサートです。

園児と保護者(主にお母さん)を対象としていますが、どちらかと言えば、お話は保護者向けです。童謡について考えさせる内容で、

  • 日本の歌い継がれている童謡の良さを伝えたいし、残したい
  • 童謡には、日本語の音の美しさが引き出されるメロディーがあるし、歌詞も日本の文化の感受性を表したもので、子どもにはわかりやすい感受性で伝えやすい
  • ゆったりとして、美しいメロディーは、心を穏やかにする力があり、(ロックやクラシックとは違う)童謡の独特の効果がある
  • 情緒を育てる幼児期にはちょうど良い音楽
  • 歌詞を通して、子どもと一緒に「ヒトの気持ち」について話をしてもらいたいし、美しいメロディーを歌って、子どもを安らかな気持ちにしてもらいたい


メモを取っていなかったので、個人的に響いた内容中心になっていますが、全体的にもこんな内容だったと思います。

「その通りだなぁ」と感じます。自分の子どもには、ほとんど童謡を歌ってあげなかったなぁと深く反省。その分、他の子どもに歌ってあげよう。久しぶりに歌って、「メダカの学校」、「手のひらを太陽に」、「どんぐりコロコロ」の歌詞もばっちりです。

心温まるコンサートでした。ちなみに、由紀さおりさんは、毎年全国の学校にまわって、童謡コンサートをしているとのこと。ありがたいことです。

posted by 秋山ひろやす at 16:12| Comment(0) | TrackBack(0) | エッセイ | 更新情報をチェックする

2011年01月17日

民主党の議員は力量がない

116日の日経で、大御所、藤井官房副長官が、「どうして、(国会において)政治主導とならないか」という疑問に対して、「単に、政治家の力量が足らないだけ」とバッサリです。(あんたは、どうなの?という、突っ込みは横において)

 

大蔵省出身の藤井先生いわく、「大臣がだらしないと、官僚としては自分たちがやるしかないでしょうと、積極的に動く」とのことで、「昔は、役人とタッグを組んでやる、力量のある政治家がいた」と。

 

さらに、「役人は過去の継続で考えるので、発想の転換はできない」と役人の限界を述べますが、その限界を補う政治家もダメということで、年長者として、どうお考えなのでしょうか。

 

最期に「力量のある政治家が出てこない理由のひとつは、若い政治家が多いこと」と指摘し、京セラ稲盛氏の「民主党の人は若くてまじめだけど青い」という発言を引用します。誰とは言っていませんが、民主党の30代、40代を指しているのだと思います。

 

藤井先生の言われることも、一理あると思います。

確かに、霞ヶ関という大きな、そして伝統のある、優秀な組織をマネジメントするには、相当の力量が必要なことは間違いありません。一人では到底見切れない組織ですから、チーム編成をどう組み立て、また様々な業務や事業を、ある程度任せながらも、全体観はグリップし、結果を出していく、本当に難しいです。自分でやるというより、他人にやってもらって、結果を出す、まさにマネジメントです。このマネジメントのアートを相当自覚してやらなければなりません。単に理想を掲げて、丸投げ、頓挫、怒る、停滞では、マネジメント初心者です。

 

しかしながら、マネジメントは組織運営技術に過ぎず、政治家としての本質的な仕事は「納得できる社会観」を提示することです。結局、政治家の力量とは、「社会観の提示」と「マネジメント力」なのかもしれません

 

そのような意味では、その力量は経験によって作られる側面が強く、「若さ」はハンデです。若い政治家は素直にそれを認めて、努力しなくてはいけません。私は国会議員ではありませんが、私にもある意味当てはまることです。

 

しかし、「若さ」は、そのハンデを乗り越える機会も含んでいます。年長者の方には、乗り越えるための支援をぜひして頂きたいと思います。藤井先生も年長者として、ぜひお願いしたいと思います。

posted by 秋山ひろやす at 00:09| Comment(0) | TrackBack(0) | 政治的な考え方 | 更新情報をチェックする

2011年01月16日

船戸のおびしゃ

船戸町会の「おびしゃ」に参加させていただきました。船戸町会とは、TXの柏たなか駅の北部に辺りにあり、利根川に面しているところから、古くから農業が行われ、集落が発展した地域でもあります。

 

「おびしゃ」は五穀豊穣など、地域の繁盛安全を祈る行事で、どの地域でも、様々な形で行われていたと言われています。この船戸の「おびしゃ」が素晴らしいのは、その昔の行事を地域で守り続けていることです。時代が変遷にするにつれ、各地でその行事がなくなっています。時代時代で、その行事の意義があったのですが、昭和平成となれば、形式だけの行事となり、その準備などは面倒になるわけです。

 

しかし、船戸は違います。面倒であっても、古くから続いた伝統行事であること、その行事を通して地域の絆を守ろうとしたことなど、意思をもって、この「おびしゃ」を守り続けてきました6つのグループに分け、6年に1回の担当行事です。担当グループは数ヶ月前からお稽古があるようです。

 

「おびしゃ」は、五穀豊穣などを祈願する式典と、宴会時の踊り、お囃子が中心です。写真は、その中のひとつ「三助踊り」です。ちなみに、この「おびしゃ」は柏市の保存すべき無形文化財ということで、昭和63年に指定を受けています。

 

若いときの私ならば、このような古い行事を「古いだけで、意味がないんじゃないの」と感じていたと思います。しかし、今は違います。時代が変わり、単に行事をやっているだけでは、惰性に過ぎないのかもしれません。しかし、時代の変化の中で、行事の本質的な意味合いは変わっています。今は、伝統行事を守るということ、守るという活動を通して地域の絆作りの一端となっていることに意義があると思います。

 

とにかくご近所付き合いが薄くなった世の中です。ご近所付き合いは煩わしさを伴いますから、なければないで楽かもしれません。昔のようなご近所付き合いを復活させるべきとは言いませんが、やはり「顔見知り」程度のお付き合いは、共に暮らしていく中でとても大事だと思います。時に、「顔見知り」が深い仲に進化することもあると思います。深い付き合いはなくても、地域が皆「顔見知り」ということであれば、例えば防犯防災についても、地域にとっては絶対にプラスです。

またこの「おびしゃ」を通して、子どもたちに地域の昔話をすることも、絶対に面白いと思います。子ども地域に関心を持つきっかけになるはずです。

 

このような行事を続けていくには、意思が必要です。その意思を持ち続けている船戸町会に敬意を表します。110117船戸おびしゃ.jpg

posted by 秋山ひろやす at 22:51| Comment(0) | TrackBack(0) | エッセイ | 更新情報をチェックする

2011年01月15日

凧揚げ大会@下総基地

今日は、沼南の海上自衛隊下総基地でライオンズクラブの凧揚げ大会が行われ、その開会式に出席させていただきました。海上自衛隊ですが、航空専門の基地なので、広大な滑走路があり、凧揚げに最適な環境です。2500人以上の方がみえて、また大凧の専門家もいらっしゃって、まさに凧揚げ一色の大会です。

この大会を企画実施しているのがライオンズクラブ。「地域のために貢献しよう」という信念のもとに、主に地域の経済人が集まる団体で、確か柏にも8つのライオンズクラブがあり、それぞれ柏のためにいろいろな活動をされています。わかりやすいところで言えば、オークライオンズクラブは、市立柏吹奏楽をずっと支え続けています。その他のクラブも本当にいろいろな活動をしてくださっています。感謝、感謝です。

今回の凧揚げは柏では沼南ライオンズクラブが中心に、その他の地域のクラブの皆さんとの共同企画です。皆さん、それぞれ商売があったり、家族があったりしますが、地域の小学生のためにと、時間をさいて、準備そして当日の運営と頑張っていただきました。

誰もが「お世話になった地域のために何かをしたい」という思いがありますが、一人だと動きにくかったり、なかなか大きなことはできません。そこで仲間が集まって、やってみようということが、ライオンズクラブです。そして、ライオンズクラブに限らず、そのようなグループがたくさんあることが、街の活性度合いであり、街の豊かさだと思います。

今回は、まず、ライオンズクラブの皆さんに感謝です。ありがとうございます。

posted by 秋山ひろやす at 16:37| Comment(0) | TrackBack(0) | 日記 | 更新情報をチェックする

広告


この広告は60日以上更新がないブログに表示がされております。

以下のいずれかの方法で非表示にすることが可能です。

・記事の投稿、編集をおこなう
・マイブログの【設定】 > 【広告設定】 より、「60日間更新が無い場合」 の 「広告を表示しない」にチェックを入れて保存する。


×

この広告は1年以上新しい記事の投稿がないブログに表示されております。