2011年07月21日

みのもんたさん、その後

みのもんたさんの番組の内容が、複数の方のお話をつなげていくと、何となく見えてきました。とにかく「おもしろく」報道したいという、その一点で番組が構成されたようで、報道型エンターテイメント番組の宿命だと思います。 

通常の報道番組は、必ず裏を取る、つまり事実関係を取らなければなりません。なぜならば、一つの情報を頼った報道では、誤ってしまう可能性があるからです。だから、今回、私のブログの内容を報道しようと思ったので、私にも意見を聞こうとしたのだと思います。私は、焼却灰の対応で忙しいので、来週明けでお願いしますと伝えました。
先方は、今日の放送予定があったのでしょう。しかし、週明けに会うと言っているのですから、週間番組ですから、一週ずらして番組を放送すれば良いだけです。内容に緊急性はないでしょう。火曜日のアポがありましたが、結局、先方からはキャンセルということでした。木曜日の深夜1時に自宅で隠し撮りして、取材ができなかったはないでしょう。かなり一方的です。 

結局、裏を取らないまま、放送されました。みのもんたさんの番組は、報道ではなく、エンターテイメントですから仕方ないと思います。事実を報道するのではなく、「面白い番組」を作ることが使命だからです。「話題の地域の市長が面白いコメントをしている」という切り口で、背景を全く無視して、都合よくブログやツイッターの文章を切り抜いて、「変な市長がいて、おかしいでしょう」というメッセージを出す番組を作りたかった、おそらく、この一点だったと思います。 

担当ディレクターさんが、報道の公平性や真実性より、面白く作る方を優先してしまう気持もわかります。面白い番組の積み重ねが視聴率につながるからです。しかし、この非常時、特に放射能関連の取材ならば、「面白く作る」よりも、「視聴者が本当に知りたいことを、わかりやすく伝える」ことが報道の原点だと思います。もちろん、担当ディレクターさんが、「我々は報道でなく、エンターテイメントだ」と言われてしまえが、それまでですが。部数や視聴率を追わなければならない商業ベースの報道の難しい側面です。
posted by 秋山ひろやす at 18:04| エッセイ | 更新情報をチェックする
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