2011年01月21日

葬儀ビジネスと、行政サービス

おそらく柏(方面)にお住まいと思われる、双日総研の吉崎さんのブログは、毎日チェックしています。柏にお住まいだからというよりは、市長に就任する前からずっとチェックしている、大事な情報源です。

その1月20日のブログには、葬儀ビジネスの旧来の収益構造が崩壊していくだろうという話です。その理由がいろいろ考えさせるものです。今までは葬儀の発注経験が人生1〜2回限りという消費者の理解不足に乗じて、業者都合のパッケージ、つまり業者有利の収益構造で葬儀ビジネスが行われてきました。しかし、これからは、リクルートみたいな企業が参入して、業者都合のパッケージが白日のもとに晒されて、昔みたいな収益構造を維持することは困難になるだろうし、現在その流れにあるとのことです。消費者のニーズをしっかり受け止めて、新しいパッケージを作らないと、今までのような収益を確保することは難しくなるだろうとのことです。

似たようなことが、過去に結婚式の市場で起こったと指摘しています。葬式は死亡者の増加で、数量は増えていることは間違いありませんし、数少ない有望市場ということで、参入が増えています。柏でも、この1年で駅前に二つも葬儀場ができました。しかし、吉崎さんの指摘通り、情報化の波、つまり、消費者が購入初めてでも「比較検討」がしっかりできて、ある程度合理的な選択ができるという事態になると、消費者の理解不足に乗じた超過収益を取ることは難しくなります。

実は、この話、ある側面では、行政にもあてはまるのかなと感じました。税金は自動的に徴収されるし、行政サービスの受益も非常に細かく幅広いということで、市民は「行政のことは、よくわからない」、つまり「税金と、実現される社会制度」のバランスがよくわからないということだと思います。
「葬儀サービスと価格のバランスがよくわからないから、葬儀業者の言いなりになる」と似ていて、「行政サービスと税金のバランスがよくわからないから、政治家に丸投げする、行政の言うことをそのまま受け入れる」ということになるのかなと思います。

でも仕方ないと思います。行政サービスは、葬儀サービスと比べたら、とてつもなく複雑で、一つ一つの事業は理解できても、それを束ねた行政サービス全体はとても理解できません。だから、「丸投げ」「そのまま受け入れる」ことになるのも仕方ないと思います。

しかし、葬儀ビジネスでこれから起きようとしていることが、行政にも起こったら、どうでしょうか。
消費者が葬儀の仕組みを理解して、比較検討できるようになると、葬儀会社のイノベーションが起こり、サービスは良く、価格は安くということが生まれ、消費者の満足度も高まります。市民が行政の仕組みを理解して、例えば各市町村の行政サービスを比較検討できるようになると、市町村のイノベーションが起こり、サービスが改善され、結果的に市民の満足度が高まる、、、どうでしょうか。

行政の仕組みを理解することは大変です。単純に、保育料、下水道料金、グラウンド使用料など比較しても、あまり意味がありません。どういう切り口で、仕組みを理解するのか、それも意外と難しい話です。でも、行政のイノベーション、もっと簡単にいえば、行政サービスの改善には、市民の比較検討を通した「厳しい目」が有効だと思います。単に「要求する」ことではなく、「他はこうやっているのに、どうしてうちの市はできないのか」のような、理屈が通る「厳しい目」です。

そのような行政の仕組みの理解のネタを提供するのは、誰の仕事でしょうか。政治家?、学者?、マスコミ?、市民団体? 中心は学者だと思います。制度論の分析や、難しく地方自治体の問題を語ることを越えて、複雑な行政の仕組みを解きほぐして、市民の理解を助けるアウトプットをどんどん出してもらいたいと思います。私自身も、チャレンジをしていきます。

posted by 秋山ひろやす at 11:02| Comment(0) | TrackBack(0) | 政治的な考え方 | 更新情報をチェックする

2011年01月19日

市民参画

よく「市民参画」という言葉が使われます。行政の様々な意思決定や活動に、市民が積極的に関与していくことです。今までの行政の意思決定が時にズサンであったり、運営が画一的であったり、または非効率であったりと、行政の仕事に対する低い信頼感と、選挙で市長を選ぶものの、その市長に行政運営を任せているだけでは、街はうまく回らないという問題意識が根底です。

また、学術的には、市民が行政、つまり公共作りに関与することによって、行政サービスの一方的な受益者という側面から一歩進み、行政サービスを受益しつつ、一方で公に貢献するという相互性の意識を高めることができるとも言われています。わかりやすい例は、 PTAなどの学校作りに参加することを通して、 小学校の運営は学校の仕事と一方的に任せることから一歩進み、学校と一緒に子どもの教育環境を作っていくという意識が盛り上がってくるということです。

しかし、この「市民参画」、なかなか広がらない。もちろん、既にライフワークとして公共作りに関与してもらっている、あるいは、できるところから関与してもらっている柏市民の方もたくさんいらっしゃいます。でも、40万人という人口から比べると、まだ小さいか、そんな状況です。

広がらない理由、その1は行政側。意思決定や運営に市民が大きく関与すると、「大変になる」という、条件反射的な恐れ。二つの意味があります。市民の皆さんは同じ意見を持っているわけではないので、市民の皆さんが議論をすればするほど、結論に至らなくなる可能性があります。時に感情的になり、どんな結論が出ても、感情的なシコリが残ってしまう、何ともやるせない結果になることの恐れです。議論を通して、納得に至ることが理想なのですが、現実は難しかったりします。

もう一つは、議論をするというより、「自分の意見が絶対」とか、「とにかく行政批判」という一方的な市民の方の登場に対する恐れ。このような方が議論に入ると、もう収拾がつきません。「そんな人いるんですか?」という質問もあるかもしれませんが、います、断言します。数は少ないですが、登場するとどうにもなりません。行政に対する不満も理解可能ですが、独善的になってしまうと、周りを巻き込むことはできず、物事は動きません。

広がらない理由、その2は市民側。やっぱり「市民参画」は市民にとっては面倒。好きなこと言うだけだったら簡単だけれど、複雑な内容を理解して、いろいろな立場を理解しながら議論をしたり、活動したりするのは大変です。毎日いろいろ忙しい。できることならば、行政側が仕事を一生懸命にやって、良い社会を作ってもらいたい、だって、それが仕事でしょ!、という声も聞こえます。その気持ち、確かによくわかります。

こう考えると、なかなか「市民参画」は広がらず、行政お得意の「絵に描いた餅」状態になりがちですが、私は、何とか広げたいと思っています。「市民参画」が広がれば、もっと行政の質は上がりますし、市民の皆さんの街づくりへの納得感もあがると思います。ゆっくりでも小さくても、ひとつずつ積み上げたいと思っています。まずは行政側から改めたり、工夫をしたりする必要があります。そこ試みが、来年度のテーマのひとつです。
posted by 秋山ひろやす at 23:28| Comment(1) | TrackBack(0) | 政治的な考え方 | 更新情報をチェックする

2011年01月18日

由紀さおり コンサート

市内の幼稚園で、歌手の由紀さおりさんの童謡コンサートが行われ、出席させていただきました。単なる、歌唱コンサートではありません。由紀さんの童謡に対する想いのつまったコンサートで、お話と優しい歌声を取り交ぜたコンサートです。

園児と保護者(主にお母さん)を対象としていますが、どちらかと言えば、お話は保護者向けです。童謡について考えさせる内容で、

  • 日本の歌い継がれている童謡の良さを伝えたいし、残したい
  • 童謡には、日本語の音の美しさが引き出されるメロディーがあるし、歌詞も日本の文化の感受性を表したもので、子どもにはわかりやすい感受性で伝えやすい
  • ゆったりとして、美しいメロディーは、心を穏やかにする力があり、(ロックやクラシックとは違う)童謡の独特の効果がある
  • 情緒を育てる幼児期にはちょうど良い音楽
  • 歌詞を通して、子どもと一緒に「ヒトの気持ち」について話をしてもらいたいし、美しいメロディーを歌って、子どもを安らかな気持ちにしてもらいたい


メモを取っていなかったので、個人的に響いた内容中心になっていますが、全体的にもこんな内容だったと思います。

「その通りだなぁ」と感じます。自分の子どもには、ほとんど童謡を歌ってあげなかったなぁと深く反省。その分、他の子どもに歌ってあげよう。久しぶりに歌って、「メダカの学校」、「手のひらを太陽に」、「どんぐりコロコロ」の歌詞もばっちりです。

心温まるコンサートでした。ちなみに、由紀さおりさんは、毎年全国の学校にまわって、童謡コンサートをしているとのこと。ありがたいことです。

posted by 秋山ひろやす at 16:12| Comment(0) | TrackBack(0) | エッセイ | 更新情報をチェックする

2011年01月17日

民主党の議員は力量がない

116日の日経で、大御所、藤井官房副長官が、「どうして、(国会において)政治主導とならないか」という疑問に対して、「単に、政治家の力量が足らないだけ」とバッサリです。(あんたは、どうなの?という、突っ込みは横において)

 

大蔵省出身の藤井先生いわく、「大臣がだらしないと、官僚としては自分たちがやるしかないでしょうと、積極的に動く」とのことで、「昔は、役人とタッグを組んでやる、力量のある政治家がいた」と。

 

さらに、「役人は過去の継続で考えるので、発想の転換はできない」と役人の限界を述べますが、その限界を補う政治家もダメということで、年長者として、どうお考えなのでしょうか。

 

最期に「力量のある政治家が出てこない理由のひとつは、若い政治家が多いこと」と指摘し、京セラ稲盛氏の「民主党の人は若くてまじめだけど青い」という発言を引用します。誰とは言っていませんが、民主党の30代、40代を指しているのだと思います。

 

藤井先生の言われることも、一理あると思います。

確かに、霞ヶ関という大きな、そして伝統のある、優秀な組織をマネジメントするには、相当の力量が必要なことは間違いありません。一人では到底見切れない組織ですから、チーム編成をどう組み立て、また様々な業務や事業を、ある程度任せながらも、全体観はグリップし、結果を出していく、本当に難しいです。自分でやるというより、他人にやってもらって、結果を出す、まさにマネジメントです。このマネジメントのアートを相当自覚してやらなければなりません。単に理想を掲げて、丸投げ、頓挫、怒る、停滞では、マネジメント初心者です。

 

しかしながら、マネジメントは組織運営技術に過ぎず、政治家としての本質的な仕事は「納得できる社会観」を提示することです。結局、政治家の力量とは、「社会観の提示」と「マネジメント力」なのかもしれません

 

そのような意味では、その力量は経験によって作られる側面が強く、「若さ」はハンデです。若い政治家は素直にそれを認めて、努力しなくてはいけません。私は国会議員ではありませんが、私にもある意味当てはまることです。

 

しかし、「若さ」は、そのハンデを乗り越える機会も含んでいます。年長者の方には、乗り越えるための支援をぜひして頂きたいと思います。藤井先生も年長者として、ぜひお願いしたいと思います。

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2011年01月16日

船戸のおびしゃ

船戸町会の「おびしゃ」に参加させていただきました。船戸町会とは、TXの柏たなか駅の北部に辺りにあり、利根川に面しているところから、古くから農業が行われ、集落が発展した地域でもあります。

 

「おびしゃ」は五穀豊穣など、地域の繁盛安全を祈る行事で、どの地域でも、様々な形で行われていたと言われています。この船戸の「おびしゃ」が素晴らしいのは、その昔の行事を地域で守り続けていることです。時代が変遷にするにつれ、各地でその行事がなくなっています。時代時代で、その行事の意義があったのですが、昭和平成となれば、形式だけの行事となり、その準備などは面倒になるわけです。

 

しかし、船戸は違います。面倒であっても、古くから続いた伝統行事であること、その行事を通して地域の絆を守ろうとしたことなど、意思をもって、この「おびしゃ」を守り続けてきました6つのグループに分け、6年に1回の担当行事です。担当グループは数ヶ月前からお稽古があるようです。

 

「おびしゃ」は、五穀豊穣などを祈願する式典と、宴会時の踊り、お囃子が中心です。写真は、その中のひとつ「三助踊り」です。ちなみに、この「おびしゃ」は柏市の保存すべき無形文化財ということで、昭和63年に指定を受けています。

 

若いときの私ならば、このような古い行事を「古いだけで、意味がないんじゃないの」と感じていたと思います。しかし、今は違います。時代が変わり、単に行事をやっているだけでは、惰性に過ぎないのかもしれません。しかし、時代の変化の中で、行事の本質的な意味合いは変わっています。今は、伝統行事を守るということ、守るという活動を通して地域の絆作りの一端となっていることに意義があると思います。

 

とにかくご近所付き合いが薄くなった世の中です。ご近所付き合いは煩わしさを伴いますから、なければないで楽かもしれません。昔のようなご近所付き合いを復活させるべきとは言いませんが、やはり「顔見知り」程度のお付き合いは、共に暮らしていく中でとても大事だと思います。時に、「顔見知り」が深い仲に進化することもあると思います。深い付き合いはなくても、地域が皆「顔見知り」ということであれば、例えば防犯防災についても、地域にとっては絶対にプラスです。

またこの「おびしゃ」を通して、子どもたちに地域の昔話をすることも、絶対に面白いと思います。子ども地域に関心を持つきっかけになるはずです。

 

このような行事を続けていくには、意思が必要です。その意思を持ち続けている船戸町会に敬意を表します。110117船戸おびしゃ.jpg

posted by 秋山ひろやす at 22:51| Comment(0) | TrackBack(0) | エッセイ | 更新情報をチェックする

2011年01月15日

凧揚げ大会@下総基地

今日は、沼南の海上自衛隊下総基地でライオンズクラブの凧揚げ大会が行われ、その開会式に出席させていただきました。海上自衛隊ですが、航空専門の基地なので、広大な滑走路があり、凧揚げに最適な環境です。2500人以上の方がみえて、また大凧の専門家もいらっしゃって、まさに凧揚げ一色の大会です。

この大会を企画実施しているのがライオンズクラブ。「地域のために貢献しよう」という信念のもとに、主に地域の経済人が集まる団体で、確か柏にも8つのライオンズクラブがあり、それぞれ柏のためにいろいろな活動をされています。わかりやすいところで言えば、オークライオンズクラブは、市立柏吹奏楽をずっと支え続けています。その他のクラブも本当にいろいろな活動をしてくださっています。感謝、感謝です。

今回の凧揚げは柏では沼南ライオンズクラブが中心に、その他の地域のクラブの皆さんとの共同企画です。皆さん、それぞれ商売があったり、家族があったりしますが、地域の小学生のためにと、時間をさいて、準備そして当日の運営と頑張っていただきました。

誰もが「お世話になった地域のために何かをしたい」という思いがありますが、一人だと動きにくかったり、なかなか大きなことはできません。そこで仲間が集まって、やってみようということが、ライオンズクラブです。そして、ライオンズクラブに限らず、そのようなグループがたくさんあることが、街の活性度合いであり、街の豊かさだと思います。

今回は、まず、ライオンズクラブの皆さんに感謝です。ありがとうございます。

posted by 秋山ひろやす at 16:37| Comment(0) | TrackBack(0) | 日記 | 更新情報をチェックする

2011年01月14日

遺族会の新年会

本日のお昼に、柏市遺族会の新年会に出席して参りました。遺族会とは、第二次世界大戦で亡くなった兵士や民間人の遺族で構成されます。会員はやはり高齢になりつつあるので、新年会も動きやすいお昼ということでしょうか。

家族を戦争で亡くし、精神的にも物理的にも大変な時期があったと思います。戦後のモノ不足、食糧不足の時代を乗り越えることは、本当に大変なことだったと思います。戦争という、大きなうねりと人生が重なったゆえに、大変なご労苦をされ、それでも実直に人生を歩まれた、その事実に心から敬意を表します。

私たちの今の豊かさは、遺族会の方を含めた、戦後「頑張ってこられた」方々のおかげです。特に、戦後直後は本当に大変だったと思います。その歴史を、私たちはしっかり胸に刻まなければなりません。

大きな歴史の延長に存在しているという当たり前の事実は、日々の生活の中では、私たちはなかなか自覚できません。今の生活の、豊かさ、安全、便利などは、すべて歴史の積み重ねの上で、出来上がったものです。今ある豊かな環境は、当たり前ではなく、先人が築き上げたものなのです。

近代の歴史の中では、第二次世界大戦は大きな出来事です。その戦争をどう顧みるかという大事な点もありますが、まずは遺族会の方が、大変な戦後を歩んで、日本を築き上げてきた歴史に敬意を表する機会を持つことが大事だと思います。今日の新年会は、戦後の豊かな時代に生まれ育った私にとって、その機会のひとつでした。
posted by 秋山ひろやす at 22:40| Comment(0) | TrackBack(0) | 日記 | 更新情報をチェックする

2011年01月13日

国民健康保険

本日、国民健康保険運営協議会という会合が開催されました。文字通り、国民健康保険のことを議論する会なのですが、主に保険料に関する議論です。

簡単に解説すると、国民健康保険は、主にサラリーマンとその家族以外の方が入る医療保険で、自営業者や無職の方の加入が多い保険です。実は、市町村単位で保険が運営されていて、市町村によって保険料が違います。柏の保険料は全国平均より少し高いくらいでしょうか。保険による医療費支払いが大きくなると、連動して保険料も上げざるをえません。加入者のうち高齢者の割合が上がると、必然的に医療費支払いが大きくなりますから、保険料もあがります。

柏も同様で、今後ますますその傾向が強くなります。昨年度は、大幅な値上げを行いました。実は(私が就任する前である)平成20年度に大幅な値下げを行っており、その反動でもあります。下げたり、上げたり、保険料が大きく上下することは良くないことです。将来の見通しを考えて、毎年毎年の保険料を考えるべきでしょう。

生活の安心安全の根幹のひとつである医療保険制度。その一角をしめる国民健康保険制度自体が、大きな問題を抱えています。
市町村単位ですから、同じ医療制度にも関わらず、全国で保険料がバラバラ。また、保険料だけで成立させようとすると、保険料があがってしまうため、通常の税金による補填も行われており、財政逼迫の一因でもあります。(柏では、21年度で約10億円)

それを打開するために、市町村単位ではなく、都道府県単位にしようという提案が国からされておりますが、7,8年先の話です。
高齢者の絶対数が増えれば、当然医療費は増加するわけです。また、国民皆保険制度を維持しようとすれば、それに合わせて保険料をあげるか、あるいは通常の税金をもっとまわすしかないのですが、それは限界があり、やはり保険料の値上げしかありません。(もちろん、自己負担率を上げるとか、診療報酬制度を改定するとか、いろいろありますが)

このような当たり前の議論を回避して、「後期高齢者医療制度は年齢で差別する酷い話だ」みたいな感情論で、保険制度設計が押し流されてしまうと、いつまでたっても本質的な議論ができません。誰だって値上げは嫌です。でも、実態に目をそむけて、短期的な感情論で将来議論をしてしまうと、そのツケをどんどん子ども孫世代に押しつけることになります。本質的な議論ができる切り口を、我々も行いますが、新聞テレビも影響力が強いので、やってもらいたいです。
posted by 秋山ひろやす at 15:13| Comment(0) | TrackBack(0) | 行政の制度 | 更新情報をチェックする

2011年01月12日

市長のマネジメント力

微妙に評価が割れる「産業再生機構」の実質社長であった、冨山和彦氏が、民主党の国家議員の「マネジメント力」を嘆いています。(週刊ダイヤモンド 2010年12月11日号)

「政治主導」を「権限と人事権で脅し上げる組織運営」であると、民主党の議員は誤解しているのではないかと言っています。所属人数が少ないゆえに、好き勝手ができた議員事務所くらいしか運営したことのない議員には、巨大な官僚組織運営の難しさ自体を認識していないのではないかと述べています。官僚組織の運営は、日本中のどの会社を運営するより難しいということを、しっかり自覚すべきとも述べています。

ドラッカーの経営哲学を引用しながら、
1 組織運営とは、ヒトを生かすこと
2 そのためには、人材の特性に対する理解が重要
3 権限と責任の委譲で、活躍(自主性を引き出す)する場を作る
4 成果と報酬と働きがいの、絶妙な関係を見極める
など、経営の難しさを強調し、その難しさへの自覚がない民主党議員は、一から出直すべきと、ばっさりです。

念のため、言っておきますが、議員と大臣(や市長や知事)の仕事は違います。議員は良いか悪いかを判断する(議決する)ことが仕事ですが、大臣(や市長や知事)は、制度を提案し、そして組織を運営することが仕事です。つまり、マネジメント力を問われるのは、首相を含む大臣(や市長や知事)です。

市長である私も、結局「マネジメント力」が問われているのです。マネジメント力とは、非常に抽象的な内容ですが、抽象的故に、どれだけ自分の中で解釈できているかが大事です。

一部の市民の皆さんからは、「市長になったのだから、もっと好きなように大胆にやれ」と、権限を背景に、アグレッシブな組織運営をすすめられます。創業社長のように、会社の業務のほとんどについて社員の誰よりも知っている場合は、アグレッシブな組織運営はありです。しかし、私の場合は、まだまだ知らないことばかりですから、市役所職員の力を引き出す運営こそが必要です。引き出す経営とは、まさに「話を聞き、内容を整理し、次のステップへの指示を出す」ことの繰り返しです。もちろん、この繰り返しの中で、市役所の悪い癖を直していかなければなりませんし、そこがリーダーの付加価値です。

多くの方は、短期的な成果を期待されています。私もその期待の意味はよくわかります。できる部分は、短期的に成果を出します。しかし、より本質的な部分あは、それなりに時間がかかります。

マネジメントとは難しいものです。特に、何十年も歴史のある役人組織のマネジメントは難しいです。試行錯誤が続きますが、ドラッカーの経営哲学を参照しながら、組織運営を行っていきたいと思います。
posted by 秋山ひろやす at 17:19| Comment(4) | TrackBack(0) | 組織運営 | 更新情報をチェックする

2011年01月11日

成人式 その2

成人式からみで、もう一つ。サントリーの恒例の成人の日の広告ですが、今年も伊集院静氏によるお祝いエッセイです。

『ケイタイを置き、パソコンを閉じて、テレビを消して、とにかく外国に飛び出しなさいと。あなたが見る世界は、今までの世界とは大きく違うはずで、その体験があなたを大きくするはず。大きくなるとは、自分以外のヒトに目をちゃんと向け、いつでも他人に手をさしのべられる力と愛情を持つことだ。』

要約すると、こんな感じでしょうか。 私も体験に勝るものはないと思います。本を読んで、人類の知恵を吸収することも大事ですが、それでは足りません。体験による学びと、本による学びが一緒になって、初めて自分の知になると思います。知こそ、大人のバロメーターだと思います。ちなみに経営も一緒で、現場からの知と、分析された数字からの知が一体となって、良い経営判断ができます。行政もきっと一緒だと思います。

伊集院氏のエッセイは、相変わらず素敵です。でも、ウイスキーははニッカです。山崎でなく、竹鶴です。竹鶴のボトリングは、実は柏のニッカ工場製造です。竹鶴21年は、なんと世界のコンテストで世界一と認められた、量産ウイスキーです。手(チョキ)
posted by 秋山ひろやす at 12:33| Comment(0) | TrackBack(0) | エッセイ | 更新情報をチェックする

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